ちぎさん(早霧せいなさん)主演ミュージカル「ウーマンオブザイヤー」見てきました!ちぎさんの演技力の光る、とても良いミュージカルでした。初演は30年以上も前の演目ですが、古びれた印象もなく、面白かったです。もう千秋楽を終えた後なので、見た方は内容を思い出しつつ、見なかった方は美しいちぎさんの様子を思うかべつつ読んでいただければと思います。
主人公テスが、夫サムと喧嘩別れした後、テス自らがサムに会いに行くシーンがあったのですが、喧嘩のさいに怒り狂っていた割に妙にしおらしいなぁと思い、喧嘩してからサムに会いに行くまでの彼女の気持ちを書いてみました。
どうぞ、よろしくお願いします!
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「重要な用事なんて、あなたにある訳ないじゃない!」
部屋を出て行こうとするサムに私がそう言うと、彼は口を閉ざし、そしてウーマンオブザイヤーの受賞者の控え室を出て行った。彼がドアを閉めた音は、いっそう私の癪に障ったので、つい怒りをぶちまけてしまっていた。
「私はウーマンオブザイヤーの受賞を楽しみしていたのに!あの男のせいで何もかも台無しよ!」
私はテス・ハーディング。朝のモーニングショーでキャスターを務めるジャーナリストだ。キャスターとしても、ジャーナリストとしても、そのキャリアは華々しく、誰に対しても誇らしげに振舞って申し分のないものだ。でも、その振る舞いが、幾分か尊大に見えたのかも知れない。いつも気を付けていたつもりだったけれど、私の尊大さが、彼にも伝わっていたのだろうか。
子供の頃から、大人に囲まれて育った。父は外交官だったので、東ヨーロッパを移住しながら過ごした子供時代だった。大人に紛れていれば英語で話しかけて貰えたから、今にして思えば、無意識のうちに大人の集まる場所へ行きがちだったのかも知れない。そのせいか、あまり物怖じせず発言出来るようになった。そもそも、漫画家である彼と出会うきっかけとなった、私の「漫画なんて低俗」発言も、この性格のせいだ。
好奇心を隠さずに、比較的大胆に行動することが出来る。それは誰しもが持つ性質ではなく、特別なものなのだと知るようになった。そうして私は、ジャーナリストを志し、ニューヨークでキャスターをつとめるに至った。でも、そんな大胆さすらも、彼にとっては、図々しいばかりだったのかも知れない。
私が成功したことは、幸運以外の何物でもなかっただろう。ただ、自分が何の努力もせず今の地位を手に入れたとは思われたくはない。そんな努力すらもハナにつくと言うのなら仕方がない。それでも、持ち得る才能を十分に発揮できるよう努力し、生き抜いてきたと、胸を張って言える。
私のしてきた努力。でも、その正体はいったい何だったのだろう。こうして、愛すべき人と言い争いをし、一人残された自分を振り返ると、それらの努力は虚しく、何の意味もなかったような気さえする。しかし、無駄な努力を積み重ねたのだとすれば、こうしてウーマンオブザイヤーを受賞することもなかっただろうし、実際には何らかの意味があったはずなのだ。
サムを最も苛立たせたのは、私のどんな言葉、どんな振る舞いだったのだろう。
ずっと考えているけれど、どうしても分からない。どれもこれも、彼の気に障ったように思えて、原因を特定するのは難しかった。やはり私の尊大な態度が、彼の気に障ったのだろうか。でも、この人物こそと思う相手には、いつも慎重に振舞ってきた。自分の夫ともなれば、最重要として考えてきたはずなのだ。一体私は、何に失敗したと言うのだろうか。
もしかするとこれは、今の私には分からない問題なのかも知れない。私だって、サムを完璧な夫と見なしている訳じゃない。だから、私が完璧な妻でなくても許されるだろう。それにも関わらず、私はいつも自分は完璧だと思ってしまっている。これでは、答えが出る筈もない。
これから私は、彼に会いに行く。
私は彼に、何と言うつもりなのだろう。
私は彼に、何を望んでいたのだろう。
彼は私に、どうして欲しかったのだろう。
彼がキャリアを捨てて自分のそばにいて欲しいと言ってきたらどうする?そんなの考えるまでもない。答えは「ノー」
キャリアを捨ててしまえば、私は私でなくなってしまう。そんなのは、論外だ。
だからもし彼が、私に変わって欲しいと望むなら、彼のことは諦めなければならない、でも・・・。
このドアを開ければ、その向こうに彼がいる。最低限のセリフは用意してある。だけど、結論までは用意できていない。
こんなのは、ジャーナリストとしての振る舞いなら、ありえないことだ。
答えのないまま、ドアに手をかける。ドアを開けると、彼が視界に入ってくる。彼が私を見る。最初に会った時の気持ちが甦える。
私は思った。彼を失いたくはない。
今これからの話し合いがどうなるかなんて、全く分からない。
だけど私は決意した。彼を決して失いはしないと。